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SunRraiz

AIの「魂」を議論する不毛さ

  • 執筆者の写真: Community SunRraiz
    Community SunRraiz
  • 2025年10月19日
  • 読了時間: 4分

更新日:2025年10月19日

「沸騰ワード10」という番組を視聴した。

AIクリエイターの宮城明弘さんの出演回で

賛否がある回となり複雑な気持ちでした。


今日はAIアートを取り巻く誤解と

それにより引き起こされる「日本の停滞」

について本音を語りたいと思います。


こんばんは、SunRraiz代表の小野寺です。


凄いのはAIで、お前じゃない。という誤解

番組終了後、このような意見を目にした。

・AIの魔術師とか何様だ。

・凄いのはAIで、人間は何もしていない


この意見は、AIを使ったことがない人

あるいは「作品」として本気で向き合った

ことがない人の典型的なものだと感じる。


彼らにとって、AI生成はきっと

「ボタンを押すだけの魔法の箱」だろう。


しかし、現実はまったく違って

AIクリエイターが意図した通りの

一枚の「作品」を生み出すために

どれだけのプロセスを経ているか。


・明確なビジョン:そもそも何を創るか。

・プロンプト技術:ビジョンをAIが

理解できる言葉に落とし込む技術。

・キュレーション:生成された膨大な

素材の中から最良の一枚を選ぶセンス。


これを「ボタンを押すだけ」と呼ぶのは

写真家に「シャッターを押すだけの人」

と呼ぶのと同じほど見当違いな意見です。

最も不毛な議論「AIに魂は宿るか?」

この誤解から派生するのが、あの議論。


「AIに作らせたものに、魂は宿るか?」

「AIに心のこもったものは、作れない」


結論から言うと、この議論そのものが

ナンセンスで、魂とは道具に宿るか?


魂とは、道具に宿るものではない。

そもそも魂とは、

制作者が込める「情熱」や「試行錯誤」

作品に触れた「鑑賞者」の心、感情だ。


どれほど人間が手描きしても、鑑賞者の

心を動かせなければ、魂は存在しない。

逆に、AIという道具を使って、鑑賞者の

心を揺さぶる作品は、魂が宿っている。


道具がAIであろうと筆であろうと

クリエイターが「これを創りたい」と

燃やす情熱、ビジョンを実現するために

費やす時間と試行錯誤こそ「魂」の正体。


この議論は、「制作の実態」を知らない

外野からの単なるイメージ論に過ぎない。


2027年、世界から取り残される日本

私が本当に危惧しているのは、ここから。


2027年ごろには、生成AIは今の「電気」や

「インターネット」と同じインフラとして

世界中で当たり前に使われるようになる。


ビジネス、教育、医療、エンタメ、様々な

分野でAIを前提とした社会が構築される。


その時、日本はどうなっているでしょう?


私は、日本だけがまだ「AIに魂はあるか」

「AIに仕事を奪われる」という感情的な

議論を続けて、世界から完全に取り残され

文字通りの「島国」となる危険性がある。


・手作りの温かみという価値観への固執

・AIは嘘をつくという失敗への不寛容さ

・変化を恐れて新しい技術を拒絶する姿勢


これらが足枷となり、世界がAIで生産性を

爆発的に高めている間に、日本だけ停滞し

かつて日本が「ガラケー」で世界標準から

取り残されたように、今度はAIという更に

スピードがある技術においてガラパゴス化

してしまう恐ろしい未来が待っている。


これは単にアートの話ではなく経済、産業

ひいては国力そのものが、この数年で

決定的に取り残されてしまう危機です。

外野の声は無視し、私たちは創り続ける

無責任に創り続けるということではなく

外野から聞こえる見当違いな批判や不毛な

議論に、私たちが付き合う必要はない。


彼らの誤解を解くために、貴重な創作の

エネルギーを割くのは残念ながら無駄。


やるべきことは一つで、圧倒的な作品を

創り続けること。

AIと共に、これまで誰も見なかったような

新しい表現を生み出し続けることこそが

AIクリエイターの存在価値を証明する

最も雄弁な回答になると私は信じてます。


あとがき:無視は現実的な戦略ではあるが

これは非常に難しい問題で、無視するのは

自身の精神的な平穏を保ち且つ創作活動に

集中するために非常に有効的な手段だが、

深夜のため口を尖らせて言うと、世の中に

制作のプロセスや苦労を理解しようとせず

一方的な批判、単なる感情論を押しつける

人間もいるため、反論するエネルギーは

消耗するだけで、時間と労力を次の作品を

生むために使う方が、遥かに建設的です。


「AIアートがどのように作られているか。

まだ世間に正しく伝わらない」事実から

もし、その意見が単なる罵倒でなく対話の

余地があると感じたら、他の大衆の目に

触れるような場所であるとすれば私たちは

それを「啓蒙の機会」と捉えるのも可能。


議論をするのではなく、冷静にAIで作品を

作るにはこういう技術や視点、試行錯誤が

必要だ」というプロセスの情報発信すると

誤解を解き、AIアートへの理解を深める

きっかけになるかもしれない。


結論としては、以下のように使い分ける。


1.悪意のあるもの:迷わず「無視」する。

2.対話の可能性があるもの:エネルギーに

余裕があり、必要だと感じれば説明

啓蒙の機械として対応する。


どちらを選ぶにせよ、ご自身の創作活動と

心の健康を最優先にすることが重要です。


 
 
 

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